私は広告代理店の忘年会イベントに招待された。イベントが終盤にさしかかったとき、ビンゴ大会が開かれることになり、私はその商品の豪華さに驚いてしまった。1等はなんと、ペアでハワイ旅行へご招待だった。末等でさえブルーレイレコーダーだ。さすが有名な広告代理店はスケールの大きさが違う。私はとても感心してしまった。
ボーイングが社運をかけて開発を進めてきた次世代機787が待望の初フライトを実施したのは、2009年12月だった。翌2010年からは、過酷な条件下でのさまざまなテスト飛行が繰り返されている。
【拡大写真やANAカラーに塗装された787の紹介写真】
離陸滑走中のエンジン停止や滑走路上での急ブレーキ試験、上空からの急降下や横風着陸試験、氷点下55度の寒冷地でのエンジン始動や落雷試験など──。実用化までには、それら一つひとつを確実にクリアしていかなければならない。開発や製造の進展ぶりを取材するため、私も昨年、何度かに分けて米国ワシントン州・シアトルへ足を運んだ。
工場のラインや外側の駐機エリアには、訪れるたびに製造中の787の機体が増えている。今年後半から始まるエアライン各社への納入に向けて、作業は急ピッチで進んでいるようだ。787は、その機体が初披露(ロールアウト)された2007年7月時点で、すでに世界中のエアライン47社から677機を受注していた。2010年11月時点でのオーダー数は56社から計847機に膨れ上がり、ボーイング関係者も「工場から1号機が出荷される前にこれだけの注文をうけたのは、787が初めてです」と驚きを隠さない。
“ドリームライナー”の愛称で呼ばれる次世代機787とは、はたしてどんな機種なのか?
●機体の50%以上に新素材を採用
ライバルのエアバスがひと足先に市場に送り出した最新鋭機A380(次回のレポートで報告予定)がオール2階建て構造で500人前後を一度に運べる超大型機であるのに対し、ボーイング787は200〜300人乗りの中型機だ。外観だけでは、それほどの目新しさは感じられない。しかしこの機体には、さまざまな先端テクノクロジーが凝縮されている。なかでも注目を集めているのが、ボディや主翼に採用された新素材。従来の旅客機に使用されてきたアルミ合金に代わり、787は全重量の50%以上がカーボンファイバー(炭素繊維)をベースにした複合材でつくられている。
カーボンファイバーは“軽くて強い”のが特徴で、ゴルフクラブのシャフトや釣りざおなどに利用されてきた。セーターや毛布などに使われるアクリル繊維を約1000度という特殊な条件で焼いた糸がカーボンファイバーだ。787に使用された複合材は、この直径5ミクロンのカーボンファイバーの糸をたばね、樹脂とともに重ねたものを焼き固めてつくる。軽量にもかかわらず、強度は鉄の約9倍。この新素材をボディや主翼に採用することで機体の大幅な軽量化が可能になり、787は従来機に比べて20%もの燃費効率向上を実現した。
「2001年に突然世界を襲った“9.11”同時テロ以降、私たちは旅客離れと原油高によってきわめて厳しい状況に追い込まれました」と、ANAに次いで早々に787導入を決めたアメリカ系エアラインの幹部は話す。「どの会社にとっても、燃費に優れ、長い距離を効率よく飛ばせる中型機787はまさに救世主のような存在だったと思います」
●主要パーツは“メイド・イン・ジャパン”
エアライン各社の技術陣の中には、新しい素材を使用した787の導入に当初は慎重な意見も少なくなかった。私も実際に材料サンプルを手に取ってみたが、本当に薄くて軽い。こんなヤワそうな素材で機体の強度は大丈夫なのか? そう不安を抱いたほどだ。新機種の選定に携わってきたANAの整備エンジニアも以前、こんな話をしていた。
「不安に感じたのは私たちも同様です。とくに心配したのが、素材にヒビが入ったりしたら、どうやって直すのかということ。そこで材料サンプルを持ってきて、叩いて壊してみようということになった。そうしてヒビが入った部分をどう検査し、修理すればいいかをみんなで考えていこう──と。ところが、ハンマーで叩いて壊そうとしても、自分の手が痛くなるばかりでいっこうに壊れない。それで『強度も大丈夫、これなら心配ない』と私たちも納得したという経緯があります」
この画期的な新素材の開発で重要な役割を果たしてきたのが、じつは東レなど日本を代表する繊維メーカーだった。素材だけではない。787は主翼やボディの主要パーツの製造にも、三菱重工業や川崎重工業、富士重工業といった日本メーカーが大きく関わっている。トータルで見れば、部品の3分の1以上が日本製だ。取材でその話題に触れると、ボーイングの技術者たちは「“メイド・イン・ジャパン”のテクノロジーがなければ787の誕生もなかったよ」と一様に口をそろえた。
シアトルのエバレット工場内部を視察していたちょうどそのとき、胴体中央部がずんぐりとした奇妙な形の飛行機が2機、相次いで隣接する滑走路に舞い降りた。“ドリームリフター”である。日本語に訳すと「夢を運ぶ飛行機」。787の主要パーツの製造を担当する海外の協力メーカーから、完成部品をここシアトルの最終組み立て工場に輸送するためにつくられた飛行機だ。2007年春には、三菱重工業の名古屋工場で製造された主翼部分を空輸するため、セントレア(中部国際空港)にも初上陸した。それ以後も日本とアメリカの間を何度も往復し、完成した日本製パーツを運び続けている。
●人々の「夢」が技術を進歩させる
さて、ここまで787の技術面についてレポートしてきたが、気になるのは開発スケジュールの遅延だ。冒頭で触れた2009年12月の初フライトまでにも、すでに2年半近い遅れが出ている。当初は2009年第2四半期(4〜6月)に予定されていた初フライトが延期になった原因は、胴体側面部に発覚した強度不足だった。初フライト後、実用化に向けた飛行試験に移行してからも、エンジン不具合や胴体内部の配電盤の火災など相次ぐトラブルで作業がストップしている。結果、最終発表と思われていた「2011年第1四半期(1〜3月)」というANAへの1号機納入時期についても再度延期され、この1月に「初号機の納入は2011年第3四半期(7〜9月)」と修正されたことは前述した通りである。
たび重なる納入延期の発表を受け、一部マスコミの間では「夢の旅客機は夢で終わる」といった論調での厳しい意見もささやかれ始めた。夢の旅客機は夢で終わる? 果たしてそうだろうか。
私はそうは思わない。新しい旅客機を誕生させる難しさは、もちろん私も知っている。鉄道車両などもそうだが、多くの旅客を乗せて運ぶ輸送機械の開発では「経験工学」が重視され、長年の歴史の中で一つずつ実績を積み重ねてきた技術をリスクを負ってまで安易に変えることは難しい。つまり「安全」が大命題となる輸送機械は、新しい技術の導入がなかなか進まない分野なのだ。
かといって、現状に満足しているだけでは進歩はない。787は機体の約50%にカーボンファイバー複合材を使用するなど、これまでにない画期的な旅客機である。その完成に至るまでには当然、多くの苦労がともなうだろう。が、技術の進歩は常に人々の「夢」がベースになってきたことも事実。そして夢を実現させた先には、次に述べるような新しい未来が待っている。
●キャビンの窓が従来機の1.6倍に
787は、これからの“空の旅”をどう変えるのか。それを取材するため、私はワシントン州レントンにあるボーイングの「カスタマー・エクスペリエンス・センター」に向かった。シアトル中心部から南へ、車で15分ほどの距離だ。ここには787の実物大モックアップが展示され、完成後のキャビンを疑似体験できる。担当のケント・クレーバーさんにゲートで出迎えられ、さっそくモックアップに案内してもらった。
「旅客は787に搭乗した瞬間から、これまでの旅客機とはまったく異なる空間に足を踏み入れたことを感じ、新しい空の旅を体験することになるでしょう」
クレーバーさんは自信たっぷりに言う。キャビンに入って最初に気付くのが、窓の大きさだ。従来のアルミ合金に代わって採用されたカーボンファイバー複合材は強度が高く、壊れにくい。大きな1枚板でボディを構成できるため、継ぎ目を少なくし、キャビンの窓を従来機の1.6倍にまで拡大した。
窓ワクが縦方向に伸び、視界を広げている。これなら通路側のシートからでも外の景色が楽しめるようになるな。そう私が感心していると、クレーバーさんは窓の下のスイッチに手を伸ばした。すると、透明だった窓ガラスが半透明に変化し、最後は真っ暗に──。
「窓にシェード(日よけ)がないことに気付かれましたか?」と、クレーバーさんは笑みを浮かべた。「シェードの代わりにエレクトロクロミズムを使った電子カーテンを採用し、窓から入る光量を5段階で調節できるようにしています。客室乗務員がすべての窓をいっせいに操作することもできるので、窓側のお客さまがシェードを閉めずに寝てしまったときも、いちいち手を伸ばして閉めて歩く必要もありません」
●CAも待ち望む“人に優しい”快適環境
キャビンの天井も同サイズの中型機に比べて20センチほど高くなり、頭上の荷物入れには大きめのバッグが縦に3個並べて収納できるようになった。室内照明にはLED光を採用し、昼間や夜の時間帯のイメージに合わせて赤、青、オレンジなどに調整できるのもユニークだ。またトイレには、787の最初の顧客であるANAの要望を取り入れ、温水洗浄便座が装備されている。
機体をカーボンファイバー複合材で構成したことで、“人に優しい”機内環境も実現した。旅客機が一番嫌うのは水分だ。目に見えないところで水滴がたまったり結露があると、従来の金属製の旅客機ではそれが機体の錆びや腐食につながってしまう。そのため、機内の空気は水分除去装置を通してから送り込み、客室内は常にカラカラに渇いた状態にせざるを得なかった。長時間フライトでは咽を痛める人も多かったのではないか。その点、耐腐食性にも優れたカーボンファイバー複合材でつくった機体なら、室内の湿度を自在にコントロールすることができる。
「キャビンがいつも乾燥していることは、私たち乗務員にとっても辛いことでした。お化粧が渇きやすく、肌のケアが大変で……」と話していたのは、中東系エアラインに勤務するベテランCAだ。「787は機内環境を飛躍的に向上させることができる機体だと聞いています。就航が具体的に決まれば、きっと乗務希望者が殺到するでしょうね」
787への期待は、客室乗務員たちの間でも高まっているようだ。ボーイングが発表した「2011年第3四半期」にANAに1号機が納入されれば、初就航は今年末にも実現する。その際にはまっ先に搭乗取材し、新しい空の旅の体験レポートという形でこの連載で改めて報告したい。【秋本俊二】
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